卒業してまだ半年も過ぎてないのにクラスのLINEで誰かが「みんなに会いたいすごく会いたい」と 言ったのをキッカケに「来週なら帰る!」だの「来月なら!」と一人ひとりが呟いていってクラスのLINEの通知が ピコピコと鳴る毎日。 けれど県外に出たものが多いこのクラス。やはりそう簡単に予定が合うはずもなく、 「いつにするんだよー」と半分あきらめに入ったメンバーが多くいる中、「まだ先だけどお盆とかどう?」 とクラスのムードメーカーであった及川徹がここではじめて呟いた。

そうして結局、二ヶ月も過ぎたお盆に集まることになったクラス会。 まだ全員集まっていないのだが、予約した時間になったのでとりあえずクラス会を始めることになった。 食べている途中でちらほらと遅れてやってくる者がいる中、派手に「やっほー」と登場してきたのが、 及川くんだった。「おっせーぞ」と言われながら彼は席に座る。そんな様子を遠くの席で見つめていた友人が 隣で「及川、相変わらずのかっこよさだねー」と呟いた。



「あっちでもモテるぞ。俺同じ学科だけど毎日女の子に話しかけられまくりだべ」
「高校のときと全然変わんない生活ってこと?モテる男はツライわね」
「まぁ、あのかっこよさだしね」



オレンジジュースを一口飲んでまた及川くんを見る。 相変わらずのかっこよさだ。こんなこと言うのもあれだけど、「一緒なクラスでいいな〜」なんて言われ続けていた のだが、正直本当に「羨ましかろう」と鼻を高くしていた。クラスの女子が同じ思いをしているようである。 友人が隣で「ほんっと自慢のクラスメイトだったわ」と同じことを言っていて笑みがこぼれた。



最初は皆きちんと座って食事を楽しんでいたのだが、途中から雑談に入る者もちらほらと増えてきた。 隣にいた友人も、「ちょっとあたしも及川んとこいってみよ〜」と及川くんのところへいってしまった。 わたしも行こうかと思ったのだが、先ほどまで友人が座っていたところに別の友達が 座って「、久しぶり〜」なんて声をかけてきたから向こうに行くのをやめた。 まだ時間あるし、また後で行けばいいや。なんて思っていたのだがなかなか向こうにいけない。 次々と人がとっかえひっかえで座って声をかけてくる。おかげでわたしは身動きとれずにいた。 及川くんを見ると、また友人としゃべっている(わたしも及川くんと喋りたいなあ)



ちゃん、携帯鳴ってるよー?」



デザートも出てきてそろそろなのかな、はやく及川くんのところにいかなきゃ、と ソワソワしていると向かいに座っている子がわたしの携帯を指差す。 ブルブルと震えている携帯の画面を見ると、母からの電話だった。ここで話すわけにも いかないので携帯を持って、「ごめん、ちょっと、」と苦戦しながらテーブルから抜け出し、トイレに向かう。



「もしもし」
『もしもし??もうこんな時間だけど今日、遅くなるの?』



心配そうに問いかける母の言葉を聞いて、少し驚きながらも一旦耳を離して画面を見ると、九時を過ぎようとしていた。 もうこんなに経ってたんだ、と思ったのだがさっきの様子を見るにまだまだクラス会は終わりそうに無い。 「うん、遅くなりそう」そう言うとてっきり厳しい母だから『もう帰ってきなさい』なんて言われると思ったのだが 『そう?今日くらいは楽しんできなさいな』と電話を切った。どうやら今日は許してくれるらしい。ならお言葉に甘えて今日はちょっと 最後まで楽しもう。そう思いながら戻るとさっきまでわたしが座っていた席は他の誰かが座っていた。 どこ座ろうかな、なんてきょろきょろしてると「さん」と名前を呼ばれる。あ、この声はと思いながら 振り返るとやっぱり。及川くん。



「ここ、空いてるよ。座りなよ」



ぽんぽん、と自分の隣をたたく。さっきまで及川くんのまわりはがやがやしていたのに 今は静かで。わたしはちょっと緊張しながらも隣を「失礼します・・・」と座る。 そんなわたしの行動を「なんでそんなかたぐるしいの!」と笑いながらもぐっとわたしの腕をひく。 え、と驚いて彼を見ると「遠慮しないでもっとこっち寄りなよ」と。わたしが遠慮して距離をおいて 座っていたのが気に食わなかったのか、むすっとした顔でまた引っ張る。 わかったから、と距離を縮めると、彼からは石鹸の香りがした(高校のときと変わらない)



「もーやっとさんきた。ずっとさんと喋りたかったんだけど、君のまわり入れ替わりで次々座るからさ」
「わたしもいこうと思ってたよ?それにこっちのセリフなんだけど。及川くんのほうが とっかえひっかえだったし。聞いたよ?大学でも相変わらずのモテようで」
「まあね」



でも、みんなにモテても意味ないんだよねえ〜と意味ありげな笑顔で言ったけど、その言葉に 何か意味があるなんて知るわけもなく。わたしはそのまま会話を続ける。



「でも及川くん変わってないよね」
「なにそれ。それって喜んでいいの?」
「うん。みんな染めたりしてるでしょ?でも及川くんもともと茶髪だったし。金髪になってたらどうしようかと思ってたから」
「流石にそれはないよー。でもさんは可愛くなったね。黒髪も好きだったけど茶髪も似合う」



わたしの髪をさらりと触る。及川くんはそういうことを恥ずかしげも無く言うから、苦手だ(苦手というか恥ずかしい) たまに「わたしのことからかって楽しんでるのだろうか?」と疑うけど、彼はこれでも冗談ではなく本心でいっているのだ。 顔だけじゃない。これだからこの人はこんなにモテるのだ。 (こんなことされたら誰だって及川くんに夢中になってしまうのも当然である) 誤魔化すように「口説くのやめてー!」と目の前にあったアイスを頬張る。



「あ、それ俺の食べさし」
「げほっ」
「ほんと、さんわかりやすくて可愛いよね〜さん中身は全然変わってない!」



アハハ、と及川くんに笑われて「そんなわかりやすいかな…」と気にしていると みんながぞろぞろと席を立ち始めた。もうお開き?なんて思っていると隣の及川くんが肘をつきながら言う。



「店が終わりの時間だから出るみたいだけど。まだ足りないから、二次会しようって言ってたね。カラオケだったかな」
「へー!二次会とか始めてだからわくわくする」
さん参加するの?」
「うん。歌うの好きだし、まだ楽しみたいし。お母さんにも今日は遅くなってもいいって許可もらえてるから」
「ふ〜ん。じゃあ俺も参加しようかな。場所まで結構距離あるみたいだからみんな乗り合いっこしていくみたいだけど。 さん、車だっけ?」
「うん。あ、及川くんもしかして?」
「県外行ってるし、車持ってないから今日は歩きとバスなんだよね。だからさんのとこ乗っていい?」
「いいよ!乗って乗って!」



じゃあ、俺達も行こうか、と及川くんと二人で席を立つ。 そして会計を済ませ「じゃあ次はカラオケで!」ととりあえず解散した。 徒歩やバスで来ている者もいるので「誰か乗せて〜!」と言ってるクラスメイトがちらほらいた。 わたしの車は小さいけど及川くん以外にまだ二人は乗れるから。「誰かもう二人、」と声をかけようとしたとき 及川くんが「あっちで足りるみたいだから二人でいいよ」とわたしの声を止めた。 そっか、とわたしは鞄からキーを取り出して及川くんと一緒に自分の車に乗り込む。 (綺麗にしておいてよかった・・・)



「よし!及川くん隣に乗ってるから安全運転でいくね!」
「いつもは安全運転じゃない、みたいな言い方だよそれ」
「ち、違うの!もちろんいつも安全運転だけど、今日は尚更ってことだよ!?」
「わかってるよ、からかっただけだって」



じゃあ、お願いします。と及川くんが言ってわたしは「任せて!」と意気込んで発進したのはいいが、しばらくして ふと気付く。



「ねえ、及川くん」
「ん?」
「わたしどこのカラオケか聞いてなかった」
「…え?じゃあ今どこに行くかわかってないのにとりあえず走ってるの?」
「うん」



ぶはっと及川くんは噴出す。わたしは恥ずかしくて顔が熱い。 及川くんは場所を知っているようで、「道案内するから俺の言うとおりに走って」と心強いお言葉をいただいた。 もしわたし一人だったら危なかった、と思いながら及川くんの指示通りに走る。 しばらく他愛のない話をしながら走っていたのだが、なかなかカラオケ店につかないので少し不思議に思った。 むしろ、賑やかな場所から遠ざかっているようにもみえる。カラオケ店いっぱいあるのって駅前付近じゃなかったっけ…。 でもこれ反対だよね?



「及川くん、本当に場所わかってる?」
「わかってるよ。あ、そこ右ね」
「あ、うん。…え、ほんとに?これってわたしの記憶違いじゃなければ海側向かう道だよね?」
「あってるよ」
「え?」
「ん?」
「わたしたちってカラオケ店行くんだよね?」
「違うよ、海」
「海?あれ?みんなで行くのカラオケ店じゃなくなったの?海になったの?」
「みんなはカラオケ。たぶん今頃もう歌ってるんじゃない?」
「え?なんで?わたしたちだけ?」
さん、鈍いな〜。俺、最初からカラオケ行くつもりなかったよ」



さんと二人きりになるようにしたんだけど。そう言った及川くん。 わたしは驚いて彼を見るけど「前見て前」と注意されたのでわたしは前を向く。 しばらくの沈黙。「な、なんだこれええ」と内心バクバクで運転していると及川くんが「そこ停めよ」 と小さな駐車場指差す。わたしはそこに車を停める。目の前は海だ。綺麗、なんて海に気を取られていたが 及川くんがしゃべりだしたので意識は彼に向く(そうだどうしてこうなったのだろう) わたしが席を外したのをみて、その間に自分のまわりにいたクラスメイトを追い払ったのも、 まだ二人も乗れる車に誰も乗せなかったのも。どこのカラオケ店にいくのか、わたしに誰からも言われないよう ずっと彼はわたしに喋り続けていたのも、ぜんぶ、わざと。そう彼は言った。



「どうして?って顔してるね。さんはほんっと鈍いよねー。知らないデショ」



なにが?ずっと及川くんを見ていると急に顔が近付いてきて一瞬何が起こったのかわからなかった。



「俺ずっとさんのこと、好きだったんだよ」



一瞬だけど、キスをされた。「もちろん今だけど」耳元で囁いてまたキスをしてきた及川くん。 今度はちょっぴり長い。何が起こっているのかわからなかったけど、ようやく思考が動き出す。 今何が起こったのか、頭の中でリピートされる。ええ!?と顔を真っ赤にさせていると及川くんは笑った。



「覚悟してよね、さん」








長い夜に飲み込まれてく