ジリジリとコンクリートではね返るまぶしさと熱。やむ気配のないセミの鳴き声。 「暑い」と口に出しながらも必死で自転車を漕ぐ。 夏休み。部活も引退して有意義な生活を送っている。今日も普段ならば、アイスを食べながら テレビを見ていたりしていたはずなのに、どうして暑苦しい制服を着て一生懸命自転車を漕いでいるのか。 それは一週間後に始まる始業式の後に提出しなければならない進路調査のプリントを今更になって 学校においてきたことを忘れていたからだ。別に、始業式の日にすぐ書いて提出すればいい話だが、 この進路調査でこれからの大体が決まってきてしまうので、親と相談しなければならない。 やむを得ず、こうなっているわけだ。



「(誰かいる?)」



教室のドアは開いていて、中に入ると誰かが机に突っ伏していた。 顔は見えないが、頭の色が銀髪なので一発でわかった。仁王だ。わたしと違ってテニス部の立海ジャージを着ている。 そばにはラケットバッグ。途中で丸井達に会ったし、きっと部活が終わってここにきたのだろう。 なにしてるんだろう、と近くに寄って顔をのぞきこむと気持ち良さそうに寝ていた。 こんな暑いところじゃなくて、家に帰って涼しいところで寝ればいいのに。と思ったのだが、 彼の机には進路調査のプリントがあった。ただ、真っ白ではなく、文字がたくさん書かれている。 気になってプリントを手にとってみてみると、落書きだらけだった。 きっと丸井や切原くんあたりが書いたのだろう。 (プリントには「俺はエースになる!」だの「仁王は詐欺師が第一希望」とまあ勝手なことがたくさん書かれていた) これ提出するのかな、なんて笑っていたのだが、ふと仁王はどこに行くんだろうと思った。 立海は、付属だし高校はエスカレーター式でいける。もちろん、わたしもそのつもりだ。 だけど仁王は別の高校に行くかもしれない、という噂を耳にしたことがある。 その噂を聞いたときにはショックを受けたのを覚えている。



「寂しいんだけどなあ、仁王が別のとこ行っちゃうと」



思わず口に出してしまって慌てて仁王を見るが、よかった。まだ気持ちよさそうに寝ている。 ホッとして、またプリントを見る。しばらく見つめた後、仁王の机の上にあったひよこがついてる シャーペンを手にとった(これ、わたしがあげたやつだ、)



『仁王と、一緒な学校にいきたい』



思わず書いてしまったが、改めてみると恥ずかしい、見られたらやばいしすぐ消しちゃおう・・・と思って消しゴムを 取り出すがぴたりと手が止まり、なかなか消すことができない。む、と意を決して消そうとした瞬間に 「あれ?か?」と誰かに呼ばれた。思い切り振り返ると廊下からこちらを覗きこんでいる担任の先生だった。



「お前何してんだ、こんな夏休みに。そこにいるの・・・仁王か?もしかして、お前ら」
「ち、違います!違います!偶然!それに仁王寝てますし!」
「なーんだ。さっさと帰れ〜」
「あ、待って先生!進路調査のプリントってまだありますか?」
「あるよ。そうやってみたいななくす奴等のために。どうせなくしたんだろ?」
「・・・ごもっともです・・・」
「職員室にあるから。ついてこい」
「はーい」



もしかしたら机の中にあるかもしれない。だけどもしなかったら、また担任を探してプリントをもらわなきゃいけない。 今ここにいる担任。このチャンスを逃すわけにはいかないので。どうせならもらっておこう。 そう思ったわたしは行動に出た。教室を出るときに仁王をちらりと見る。 彼はまだ気持ち良さそうに寝ていた。




***




結局プリントは二枚もらった。自分用と、仁王用にだ。たぶん、きっと彼も白紙のプリントはないはず。 (あるのはあの落書きプリントだけだと思う) 起きてないといいなぁ、と静かに教室に入ると、仁王はまだ突っ伏していた。 よかった、と思いながら彼の元へ行き、さっきのとんでもないことを書いてしまったプリントを回収して こっちの白紙に変えちゃおう、と思ったのだがあったはずの落書きプリントがなかった。 それのかわりにさっきの落書きのと違って綺麗なプリントがある。ん?と思いながら見ると、それはわたしのプリントだった。 そうだ、思い出した。プリントが配られたとき、すぐに自分の名前を書いたのはいいがそのまま 机の奥につっこんでしまったのだ。そっか、先生にもらわなくてもあったんだーと思うと同時に、 第一希望の欄に何かかかれているのを見つける(そういえばなんでこんなところにあるんだろう)



「心配せんでも、一緒じゃよ・・・?」



そこには綺麗な字で『心配せんでも、一緒じゃよ』と書かれていた。この口調とこの見覚えのある字。 汗がすうっと引いて、これは、と思ったと同時に「ックク」と笑い声が聞こえた。 見るとさっきまで気持ち良さそうに寝ていた仁王がこちらを見て口を押さえて笑っている。



「に、おう。こ、こ、これ」
「焦りすぎじゃろ。俺が他の高校行くと寂しいんじゃろ?」
「えっ、?起きてたの!?」
「プリッ」
「はぐらかさないの。そもそもこの元のわたしのプリントどこからとってきたの?」
「机の中にあったから」
「あったからじゃないよおー。寝るフリしないでそこで言ってよ!…じゃなくてあの落書きプリント! 捨てたいから!どこにやったの?」



出して!と責めると「ここ」とズボンのポッケを指差す。そこね!とわたしはポッケに手を突っ込もうと 仁王にとびかかると、仁王はそんなわたしを捕まえてぎゅう、と抱きしめてきた。えっ、とわたしは固まってしまう。



「仁王・・・、あつい」
「顔が?」
「ちが・・・(うわけない。顔もあつい・・・)ねえ、どうしたの」
「_____」



仁王がぼそりと耳元で呟いた。でもうまく聞き取れなかった。 「え?」と聞き返すけど、仁王はパッとわたしと離れて「は寂しがりやじゃのう」と話をそらした。



「違うの、忘れて?」
「忘れん。がそげなこというの珍しいし」



ぽん、とわたしの頭を撫でる。なんなのよ、と思いながらも嬉しい自分が情けない。 仁王はテニスバッグを持って「ほら帰るぜよ」とわたしの背中を押して先を歩く。 あ、一緒に帰れるんだ、とまた嬉しさが積もる。 手に持っていた仁王の綺麗な字でかかれたプリントをこっそり綺麗に折って鞄の中に入れた。 よかった、仁王とこれからも一緒にいれるんだ。 そう思いながらわたしは彼の背中を追った。







暑い夏の日の忘れ物 「一緒じゃないなんて俺が御免ぜよ」