メフィストの部屋にある、大きなソファ。 これはわたしが小さい頃にカタログを見て「これほしい!おひめさまがすわるいすみたい!」と メフィストにおねだりしたものだ。普通の家庭ならば「何言ってるの」と返されるだろうが メフィストはやはり普通ではないので「いいでしょう!のためならば!」と答えて 次の日にはその部屋にわたしがほしがっていたソファが置かれていた。

そのソファは十年以上経った今でもピカピカでふかふかだ。 ソファの上においてあるクッションからは甘い匂いがする(これはメフィストの匂い) いい匂い、と思いながら目を閉じるとソファのそばでゲームをしていた メフィストがいきなり大声をあげた。




「ああ!わたしとしたことが!」




わたしはびっくりして、目をぱちくりさせる。 どうしたの?と聞くとメフィストはわなわなと指を震わせてテレビ画面を指差した。 するとそこには、ゲームのサブキャラのサクラちゃんのプロフィールが表示されていた。 (ちなみにサクラちゃんはメフィストがいま一番大好きなキャラクターである) そこには誕生日が書かれていた。その日付は、昨日だった。




「なんてことでしょう!サクラちゃんの誕生日が過ぎてしまいました。しかも昨日!」
「なによー、大事なことだと思ったじゃないの」
「何を言っているんですか、!これは大事なことですよ」




大好きなサクラちゃんの誕生日を祝わないなんて、なんてひどい!私の情報不足でした。ああ、なんたる失態。 メフィストは頭をかかえてぐだぐだ言う。これはいまに始まったことじゃない。 つい数ヶ月前もこのようなことがあった。そのときに「絶対にキャラの誕生日は忘れないようにします」と 誓ったくせに。そうぽつりと言うとメフィストは「そういえばそんなこといいましたね」と 他人事のように言った。




「ああ、でも、」




メフィストがニヤリと笑ってこちらを見た。何か言いそうになったところで 部屋にあった時計の針がカチッと動いた。そしてオルゴールが鳴り始めた。 見ると時刻は零時を指していた。ああ、もうこんな時間。どうりで眠いわけで。 そろそろ寝ようかな、と思っているとメフィストがいつの間にか私の横に立っていた。 前髪をかきわけてちゅ、と可愛い音をたててわたしのおでこにキスをした。 いきなりのことでびっくりして、どうしたの?って聞くとメフィストは笑った。




「おやおや、自分のことなのにお忘れですか?」
「?」
「ハッピーバースデイ、




メフィストはポンッと手から魔法のように紙吹雪を出した。 そういえばそうか。今日はわたしの誕生日だ。




「キャラの誕生日は忘れてしまっても、の誕生日は忘れませんよ」




いくらわたしでも!フンと鼻を高くして言った。ああ、さっきはそれを言いたかったのね。 ありがとう、とメフィストに言う。メフィストは満足そうにどういたしましてと言いながら わたしの上に覆いかぶさってきた。…ん?




「ちょっと、なに!?」
「いえ、は今日でめでたく大人になりましたよね」
「十八歳って大人の仲間入りなの?」
「世間一般には。ほら、もう十八禁のコーナーも戸惑うこともなく入れますよ」
「やだー。女の子はそういうところには入りません」
「女の人だって入る人は入りますよ?」
「わたしは入らないの!」
「ああ、そうですか。少し残念ですね。もしがそのようなところに入ったら面白いだろうに。 でもやはりが入るのは複雑ですねえ」
「やめて。ていうかどいて、重い。他人から見れば襲ってるようにしか見えないよ?」
「何言ってるんですか。襲ってるんですよ」




わたしは冗談で言ったのに、メフィストは真面目な顔で言うもんだから、わたしは 目をぱちくりさせた。可笑しいでしょ。仮にも貴方はわたしの保護者ですよ? 本当の親じゃないとしても、小さい頃からお世話になってるから (別にお父さんと呼びたいわけじゃなかったけれど、家族になるわけだからそう呼ぼうとしたこともあった。 だけどメフィスト本人がそれを許さなかった) ていうかそもそもメフィストを親みたいな感じで見たことはないけれども。 どうしてかはわからない。だからといって普通の人、とも思っていなかった(ていうか悪魔だし) あえていうなら"特別な人"と認識していた。




「確かにわたしは保護者ですが。親ではありません。血はまったく繋がってないわけですし」
「それはわかってる。だけど、今更」
「今更じゃないですよ。何故私のことを『お父さん』と呼ばせなかったのはちゃんと意味がありますし」
「意味?」
「いつかこういう日がくるためですよ」




メフィストはわたしの首筋に顔をうめた。 チリッと小さな痛みが走る。知ってる、これキスマークつけてるんだ。




「十八歳。貴方は大人になりました。私と貴方の契約は十八歳までです」
「契約?そんなのあったの?」
「ええ!貴方が十八歳になるまで私は貴方と保護者になると」
「へえ〜、そんなのあったんだ」
「なので私はもう貴方の保護者じゃありません」




はあ、そうですか。なんだ、この淡々とした話は。 わたしは返事をするしかできなかった。




「まあ、それで私も自由なわけです」
「おめでとうございます」
「ええ、本当にまったくです。この日をどれだけ待ち望んでいたか!」
「そんなに保護者面面倒くさかったの」
「おや千尋。そんな険しい顔しないでください。そういう意味じゃありませんから」




さっきからメフィストはぺらぺらと喋る。早口すぎてちょっと理解できないところがある。 そもそも何がしたいの?本題はどうしてメフィストがわたしの上に 覆いかぶさっていることでしょう?もう一度聞くよ?な・に・し・て・る・の。




「だから、襲ってるんです」
「だから、それが意味わからないの」
「私は保護者じゃないのでもうに何をしてもいいということになるのはわかりますか?」
「う、うん?」
「偉いですね千尋。そこまでわかっているのならわかるでしょう。私はこのときをずっと待ってました」




さて、頂くとしましょう。そう言ってメフィストは舌をぺろりと出して上唇を舐めた。 その仕草にドキッとして、見とれてしまった。 そして気付いたら彼にキスされていた。いつも頬やおでこにされるような可愛い小鳥みたいなキスじゃない。 深くてあまい。逃げようとしても彼の長い熱い舌が追ってくる。苦しいけどあまくてとろけるような。 「んっ…」と自分でも驚くくらいの声がもれる。唇を離したメフィストは満足そうにニヤリと笑った。




「私は最初から貴方を狙っていました。食べたい、と思っていましたよ」




初めて会ったときからずっとです。貴女はまだ子どもでしたけどね。 私にはわかりました!これは大人になったら美味しそう!と! そんなことを嬉しそうに話す。そんな彼に なあにそれ。狙うもなにも。わたしはメフィストに会ったときからずっとメフィストのものよ、 わたしを食べてくれるの? そう言うとメフィストは驚いた顔をした。そうしてッハッハッハ!と声を張り上げて笑う。 「、貴女は本当に最高ですね」彼はわたしの耳元で囁いた。そしてソファが深く沈んだ。







A delicious dinner さていただくとしましょう