―――――汚ねぇ。
リヴァイは早足で自室に向かっていた。さっさとシャワーを浴びたい。 この生温い感触をどこかに消し去りたい。 何日か壁外調査が続いたのもあるし、いつもより死人が多かったのもある。 リヴァイは相当ストレスが溜まっていた。あのハンジでさえも声をかけるのを やめたくらいに、彼のまわりは負のオーラで包まれていた。 もう少しで自室だ、と思ったときに、ある一部屋の明かりがついていた。 そこは確か、調理場である。しかし今は夜中の二時をまわっている。 調理場は夜九時からの使用は禁じられているので、明かりがついているのはおかしい。 リヴァイは一刻も早く自室に戻りたかったのだが、一応"兵長"としての役目として 見逃すわけにはいかないので調理場のドアを開けた。




「おい、そこで何をやっている」




ドアを開けた瞬間に、甘い匂いがリヴァイを包んだ。 甘いものが苦手なリヴァイは思わず、うっ、と息をするのを止める。 そして辺りを見回すと奥に誰かが立っていた。女だった。 リヴァイが声をかけると女が振り向く。




「リヴァイ?」




だった。リヴァイは鼻を押さえながら「てめぇ、何してやがる」と再び問うた。 はへらへらと笑ってフライパンを見せてきた。




「パンケーキ作ってるの」
「見ればわかる。使用時間は過ぎてるだろ」
「ちゃんとエルヴィンには許可もらったわよ」




あいつ…。とリヴァイは心の中で思った。エルヴィンはに甘すぎる。




「リヴァイは早くシャワーを浴びたほうがいいわよ。パンケーキは後」




焼けたパンケーキを皿の上に乗せ、また新しい生地をフライパンに流しながらはそう言った。 そこで気付く。そういえばさっきまで一刻も早く自室に戻ってシャワーを浴びたかったのに どうしてこんなところにいるのだろうと(いや、明かりがついていたからだ)




「そんなこと俺が一番わかってる。だいたいお前のせいだクソが」




使用時間外に使うのは今日だけにしろ、リヴァイはそう言って部屋を出て行った。











シャワーを浴びて綺麗さっぱりになったリヴァイは、もう一度調理場に行った。 そこにはエルヴィンとハンジが座っていて、パンケーキを食べていた。 上のモンが使用時間外にこんなところにいていいと思ってんのか、リヴァイはそう言うが 彼も彼で彼等の向かいの席にちゃっかりと座った。それを見てハンジが「そっくりそのまま君に返すよ」と パンケーキを頬張りながら言う。




がパンケーキを焼いてくれると言ってね」
「だからって許可するのはどうかと思うが?」
「昔からの付き合いもあるじゃないか」
「てめぇはにいつも甘ぇんだよ」
「言っておくけどさぁ、リヴァイもにすっごい甘いと思うよ〜?」




ギロリと睨むとハンジは「おぉ、怖」とリヴァイから視線を外した。




「彼女が言ったんだ」




――――リヴァイ、荒れてるでしょ?パンケーキを作っていい?甘い物は疲れにいいって言うでしょう? あ、もちろんエルヴィンとハンジにも作るわよ?――― エルヴィンは笑って言った。はお見通しなのだ。 そういえば過去にもこういうことが何度もあったな、と思い出す。 そしてもうそこで何も言える筈のないリヴァイは舌打ちをするだけだった。




「さて、私達は退散するとするよ」
「え?もう?まだあるわよ?」
「リヴァイに食べさせてやってくれ」
「私達はもともとおまけみたいなものだしね〜」
「おまけじゃないわよ!もともと二人にもあげるつもりで__」
「はいはい。わかってる。じゃあね、。おいしかったよ」
「また作ってくれ。じゃあ、おやすみ」




ちょっと!と二人を止めようとするが、エルヴィンとハンジはそそくさと部屋を出て行ってしまった。 残されたは「もう…あの二人ったら」とため息をつく。それからパンケーキとハチミツを持って 先程エルヴィンが座っていたところに腰をおろした。はい、とリヴァイの前におく。 そしてハチミツをたっぷりとパンケーキの上にかけた。それを見てリヴァイは眉を寄せる。




「俺が甘いの嫌いってのはお前が一番わかってる筈だよな?」
「うん、知ってる。でも疲れに一番いいのは甘い物だって知ってるでしょ?」
「だからってハチミツをかけることはないだろ」
「ハチミツも疲れにいいの。それにこのハチミツ、普通のよりちょっとだけ甘くないから大丈夫」




ほら、食べて。とが言うので渋々リヴァイはパンケーキを口の中に入れた。 リヴァイは甘いものが嫌いなので絶対に口には入れないのだが、が作ったものは 食べる。ハンジの言うとおりだ。には甘い。リヴァイは自分を笑った。




「甘い」




そう言うが、ちゃんと二口目を食べている。そんなリヴァイを見ては 肘をついて、ふふ、と笑った。




「リヴァイにあわせて、砂糖少なめにしたんだけどなー」
「ハチミツだ、ハチミツ」




ハチミツがたっぷりついたパンケーキをの前に差し出す。 は「リヴァイがあーんしてくれてる」と笑いながらその一口を食べた。 パンケーキはそんなに甘くないが、リヴァイの言った通りハチミツが効いているようだ。 これはリヴァイにとっては甘いかもしれない。




「最近忙しかったみたいだから、リヴァイ荒れてるかなーって思ってたけどそんなことなかったね」




いつの間にか先程までのイライラはすっかりなくなっていた。 そんなことない、じゃない。確かに先程まで相当きていた。 に会ってからだ、気付いたら落ち着いていたのは。 どんなに疲れていても、に会うと嘘みたいに疲れがとれたような気分になる。 不思議だ。「には癒しのパワーかなんか持ってるんじゃないかな」と冗談まじりに ハンジが言っていたけれど、その通りかもしれない、とリヴァイはたまに思う。




「お前のせいだ」




最後の一口を食べた。やっぱり甘い。一口一口食べるたびにが笑って、それを見たリヴァイは なんだか疲れが一つ一つとれているような気がした。 「なにが私のせい?」とがコーヒーを出しながら聞いた。 しかしそれにリヴァイは答えるつもりはないらしい。




「気になるけど、ま、いっか」




が問う。もう一枚あるけど、どうする?ハチミツかけないなら食べる、リヴァイはそう答えた。





深夜のパンケーキ