門をくぐるときにはリヴァイに言われたことがある。"一人で突っ走るなよ" リヴァイは毎回言うのだが、はそれを守ったことがなかった。は 巨人を見ると目の色を変えて、一人で突っ走ってしまう癖があるのだ。 リヴァイだけでなく、他の兵士もそれには困っていた。




「あーあ、また一人でいっちゃったよ」




兵士一人が"巨人西側に三体東側に二体確認"と叫んだ瞬間には 一人で突っ走ってしまった。彼女の悪いところはそれだけじゃない。 何故か巨人がたくさんいるほうにいってしまうのだ。 ハンジはあきれたように笑う。そしてハンジを含め、他の兵士達も に続いて巨人に向かっていった。 リヴァイもため息をついてからのところへと向かった。




「兵長の出番なしですよ。もう二体はわたしが倒しましたから」




ふん!といっては下に倒れている巨人を見下ろした。 は強い。なので一人で突っ走っても巨人を倒してしまうのだから あまり文句も言えないのである。にっこり笑っているを見て リヴァイは「顔汚ねえ」と舌打ちをした。右頬に血がついていたのだ。 は慌ててマントで顔をふいた。しかしマントでは綺麗に血をふけていなかった。 リヴァイはまた舌打ちをして自分のハンカチをに投げた。「え?」と不思議そうに見つめるに リヴァイは「それで拭け」とだけ言った。



「兵長がハンカチくれるなんて、なんか嫌な予感するんですけど」
「あげたつもりはない。綺麗に洗って返せ」
「え!返してもいいんですか!?てっきりあの潔癖症の兵長だからもうお前の使ったハンカチなんて使えるか、って なると思ってたんですけどね」




そんなことを言うの頭をリヴァイは無言で頭をたたく。 その容赦ない攻撃にはひどい、と小さく呟いた。




「おーいそこの二人!東のほうの様子はどうだい?」




西側の残り一体を倒し終えたハンジが遠くから聞く。リヴァイとは屋根の上にいるからだろう。 リヴァイよりも先にが東の方を見る。彼女は目が誰よりもいい。リヴァイもに「どうだ」と 言いながら東の方を確認しようとすると、は目の色を変えてまた走っていってしまった。




「東側の援護にまわる。全員後に続け」




あの野郎、また。と舌打ちをしてリヴァイはここにいる兵士達に命令を出してから 東側に向かう。様子を見ると、東側には巨人が増えていた。西側にいた兵士達はすぐに援護にまわる。 リヴァイも援護にまわり、兵士三人がけでも倒せなかった巨人を一人ですんなりと倒していった。 血が飛び散って汚ない。ハンカチで拭こうと取り出そうとしたが そういえばに貸したことを思い出した。はどこだ、とふと思った瞬間 遠くから「!」と誰かの焦った声が聞こえた。






うなじに赤い果実





「お前は強い」




だが、兵士には向いてない。リヴァイが窓の外を見ながらぽつりと言った。は 兵士に向いてない、とは言われ慣れているけれど「強い」と言われたのはこれが初めてだった。




「普段はぺちゃくちゃうるせぇくせに、巨人の前では目の色変えやがって」
「そのことでこの前、オルオさんにやべぇぞお前って引かれました。そんなことないですよね?」
「そうだな、とは言えねぇな」




少しリヴァイが笑う。もそれを見て少し笑った。




「ハンジの奴みたいに、お前は巨人に夢中になる。人の話を聞かねえ」
「そりゃ、巨人を憎んでますから」
「けど仲間のことになるとお前は仲間を一番に優先する」
「当たり前でしょう」
「馬鹿か。お前の場合は自分のことも捨てやがる。一人で突っ走りやがって」




リヴァイはさっきからずっと空を見ているだけだった。 空はさっきまで快晴だったのに、今は灰色の雲に覆われていて雨が降りそうだ。




「私が助けた人は生きてますか」
「生きてる」
「よかった」




よかった、じゃねーだろうが。リヴァイがやっとを見た。 いつもの威圧感はどこにいったのだろう。彼はとても泣きそうな顔をしている。




「あそこで一人で行くのは馬鹿のやることだ」
「じゃあわたしは馬鹿野郎ですね」




笑顔で言うがそのあとに真面目な顔になって「でも後悔はしてませんから」と言った。 そんなにリヴァイは何か言おうとしたが、ぐ、と口を噤んだ。 兵士は仲間も大切にするが、自分の命も大切にしないといけない。いつかエルヴィンが に言った言葉だ。これはリヴァイもエルヴィンから聞いている。エルヴィンに言われたときは 顔つきを変えて「はい」といい返事をしたのに、それをちっとも守ろうとしない。




「自分の命を大切にしろ」




は困ったように笑った。それからごめんなさい、と初めてリヴァイに謝った。 いつも何かをしでかしてしまうだが、一度もリヴァイに謝ったことがなかった。 オルオとペトラに「謝れ」と怒られるのだが、それでも謝ったことはない。 そんなが謝っているのを見て、いつものリヴァイなら「胸糞悪いな」と言うだろう。 だが今はそんなことを言えるはずもない。ただ、虚しさが増すだけだった。




「でも、兵長も馬鹿野郎ですよ」




あのとき兵長も一人で突っ走ってました。私なんかを助けようと。ハンジさんがすぐに援護したからいいものの、 あそこにまだ巨人が二、三体残っていたら確実にやられてましたよ。わたしみたいに なっていたかもしれなかったんですよ。がきつく言う。




「兵長はわたしみたいにならないでください」




生きてくださいね、強くが言った。 そして最後にやっぱりあのハンカチください。返せそうにないですからと困った顔で笑った。





おしまいの話をしよう





失礼するよ、とハンジが部屋に入ってきた。 そして静かに言う。たった今が息を引き取ったよ、と。 リヴァイは一点をじっと見つめながら「そうか」と言うだけだった。 まるでさっきまでそこでに誰かいて喋っていたようにハンジには見えた。 がいたのかい、冗談か本気かわからないその質問に、リヴァイは答えた。




「ああ。別れの挨拶しにきやがった」




ハンジは少し驚いたが、「律儀な子じゃないか」と微笑んでから部屋を出て行った。




「洗って返せ、って言っただろうが」




もう誰もいないそこに向かってリヴァイはそう言った。






ここに君はもういない