部活を終えて駅に向かってる途中、定期を教室のロッカーに忘れていることに気付いた。 友達に「先帰ってていいよ」と伝えて、は急いで学校に戻る。 校門までいくと第二体育館はまだ明かりが点いていて中からは「あざっしたー!」と大きな声が聞こえた。 男子バレー部だ。いつも帰るときはまだ練習途中で「遅くまで大変だなあ」なんて思っていのだが、 どうやら今練習が終わったらしい。慌てて時計を見るともう7時をとっくに過ぎていて、は駆け足で校内に入っていった。 思っていた通り、定期はロッカーの中にあった。教室の窓から空を見るととっくに陽がおちている。 「はやく帰らないと」もう真っ暗な校内をまた走り、玄関までいくと 笑い声が聞こえた。きっとさっき練習を終えた男子バレー部だろう。



さんじゃん!」



静かに靴を履き替えているといきなり声をかけられて肩を揺らした。 「驚かせちゃった?」と隣の下駄箱から顔を出して苦笑いしてるのはクラスメイトの夜久だ。 びっくりした〜!と夜久のもとへ駆け寄るとそこには予想していた通りぞろぞろと男子バレー部がいた。 その中で夜久と同じクラスメイトの黒尾もいて「じゃん。珍しい。練習遅かったのか?」と声をかけてきた。



「練習はとっくに終わってる。定期忘れちゃって、戻ってきたの」
「ドジだなー。一人で帰んのか?送ってってやろうか?」
「べ・つ・に!あとドジじゃないし!」
「でも雨降るらしいよ、この後。さん、自転車だっけ?」
「徒歩と電車。駅までそんな遠くないし、降っても走れば大丈夫」
「そーお?」



ニヤニヤしている黒尾に「一応陸上部なんだから!」と言い残しては 学校を出た。後ろからは夜久の「気をつけろやー!」と声が聞こえる。 振り返って手を振るが、その後ろにいるにやけた黒尾の顔をみてまた腹が立ち彼には ひとりで帰れますから!と言ってやった。 先生に見つかるとややこしくなるので、校門を出てしばらく歩いてから鞄の中に入っている ウォークマンを取り出して耳にイヤホンをさした。空を見ると真っ暗で、夜久が言っていた通り雨が降りそうだ。 急いで帰ろう、は再生ボタンを押して早歩きで駅に向かう。




***




しばらく歩いていると、胸ポケットに入っていた携帯が震えた。 先ほど途中まで一緒に帰っていた友達からのメールで「定期あった?雨降ってるけど大丈夫?」ときていた。 雨?と思いながら空を見上げる。相変わらず空はどんよりと暗いままだが、雨は降っていない。 『定期みつかった。途中で男子バレー部に遭遇。聞いてよ、黒尾が、』 そう打っている途中、携帯の画面に一粒の雫がおちる。うそ、と思って空を見上げると 一気に雨が降り始めた。時間差か!と慌てて、ウォークマンと携帯を鞄の中に突っ込んで走りだす。 駅までまだまだ距離があるけれど、通り雨でもなさそう。このまま雨宿りしていると遅くなってしまいどうなので ずぶ濡れになりながらも走るが歩道信号が赤になってしまい、立ち止まる。 (最悪だここの信号長い)いくら鞄を頭の上にして走っても髪もべたべたで制服も濡れて肌にひっついて気持ち悪い。 青になるまでどこかで、雨宿り・・・と思っていたときにキキッと自転車のブレーキ音とともに、自分の上に 傘がさされた。えっ、と思うとそこには息をきらした黒尾がいた。



「ったく誰だよ、雨降っても大丈夫って言ってたやつ」
「黒尾・・・」
「あ、いまきゅんときた?」
「・・・今ので台無し」



一瞬でもきゅんとしたのが間違いだった。ふいっと顔をそらすと、その頭にタオルがかけられた。 驚いてまた黒尾をみると、 「風邪引くだろ」と笑ってタオルの上からくしゃくしゃと頭を撫でた。 そこにまたキュンときて、でも恥ずかしくて「ぐしゃぐしゃになる・・・」とありがとうと可愛いことも言えず もう一度顔をそらす。目の前は車がたくさん通っていて、信号もまだまだ かわりそうにない。ここの信号長いよなあ、と呟いている黒尾をまた見ると、彼の髪はいつも つんつんなのに、今は雨に濡れてぺたんこだ。背中も濡れていて、そういえば息もきらしてた。 もしかしてわたしのために、急いできてくれた?なんて思ったが、自意識過剰はやめておこう。




「ん?」
「これ着ろ」



呼ばれたと同時にまた頭の上に何かがかぶせられる。なに?と、手にとってみれば、赤いジャージ。



「別に寒くないけど?」
「違う違う。透けてるんだよ、下着。俺が気付いてどーすんの。それで電車乗るつもりかよ」
「えっ!?うわ、ほんとだ!変態!」
「教えた相手にそれはないだろ!?」
「見たでしょ!?見なかったことにして!」
「わかったって、ピンクはみてなっ…いって」
「もう!」



しかし、これで電車に乗ることはできないので、有難くジャージを羽織る。 羽織ったとき、練習中で着ていたはずなのにふわりといい香りがして、またキュンとする。 しばらく沈黙が続いていたが、ようやく車が少しずつ止まり始めた。 見ると信号は黄色になって赤になる。歩道信号もようやく青になった。 しかしどうすればいいのだろうか、とは迷う。先ほどから傘をさしているのは黒尾だ。 黒尾は自転車なのでそのまま傘を差して帰るつもりだろう。 今まで傘に入れてくれていたのは、たまたま一緒にいるから? そう思っていると黒尾が自転車を降りて引っ張りながら歩き始めた。その様子をぼうっと見つめていると 振り返って「早くいくぞ」と声をかけてきた。



「入っていいの?」
「今まで入ってただろ。今更だな」
「先いけばいいのに。帰るの遅くなるよ?」
「ずぶ濡れのお前置いて?いくらなんでも俺はそんなことしねえよ。それにもうとっくに遅い時間だって」
「なんか今日の黒尾やさしい〜」
「馬鹿、いつもだろ」



照れながらもは黒尾と肩を並べて歩き始める。 いつもと違うから、きゅんとする。なんて口が裂けてもいえない。 小さな傘に二人で入ってひっつきながら駅まで歩いた。駅に着くと、傘を閉じてに渡した。 の上にあったタオルをとって黒尾はガシガシと自分の頭をふいた。 「の匂いする」とすん、とタオルをかいだいたので恥ずかしくてはさっと黒尾の手から 「返して!」とタオルを奪い取る。



「いや、もとは俺のだから」
「今はわたしの」
「理不尽!」



まあ、いいけど。黒尾はそう言って自転車のサドルのまたがった。



「え?あれ?黒尾も電車乗るでしょ?」
「いや、俺はいい。駅に自転車置いてくの好きじゃないから」
「この雨の中漕ぐの?危ないよ?」
「だいじょーぶ」
「そう?じゃあはい。傘。気をつけなよ」
「や。いい。、駅降りてからも結構歩くだろ?」
「そうだけど・・・。いいよ?コンビニで傘買おうかなって思ってる」
「コンビニのすぐ壊れるくせに高いからやめとけって。貸すから、それ」
「だめだって。黒尾がずぶ濡れになって風邪引くでしょ」
「いいから」



そのかわり、ちゃんとそれかえせよ。傘を指差しての言葉を遮るように「じゃあな」と黒尾は雨の中自転車を漕いで いってしまった。わたしはぽつん、と傘を持ったまま彼の後姿を見つめる。 なんだか今日の黒尾は優しくて、違った。いつものニヤニヤ顔の黒尾はどこいったんだろう・・・と交差点からのことを 思い出していると、そういえばタオルもジャージも傘も黒尾のもので、ずっと相合傘していたことに 気付き、今更ながら恥ずかしくなって顔を赤くする(明日、普通でいれるかなあ) 電車に乗っていると、携帯がまた震えて鞄の中から取り出すと母からの「ご飯先食べてるね」というメール。 返事をしようと思ったが、そういえば友人からメールがきていたことに気付く。 『定期みつかった。途中で男子バレー部に遭遇。聞いてよ、黒尾が、』まだ返信メールを打っている途中だった。 続きを打とうとしたが削除ボタンを連打する。『雨降ってきたけど黒尾に助けてもらった』 それからしばらく考えたあと、改行ボタンを何度も押してから、ぽつぽつと打つ。



「黒尾が、かっこよかった」



送信ボタンを押して携帯を黒尾から借りた真っ赤なジャージのポケットに入れた。







真っ赤なジャージと真っ黒な傘