は午後に三郎と組み手をしよう、と約束していた。一時すぎ頃に三郎・雷蔵の部屋に行くと そこには雷蔵しかいなかった。「あれ?三郎は?」と聞くと雷蔵は本を置いて 「三郎ならさっき出掛けたけど」と言った。そして雷蔵はがどんな用事があったのかを理解して 苦笑した。三郎から約束したくせに三郎から破ることが多いのだ。特によくはされるらしい。



「まあ、三郎が約束守るわけないもんねー」
「三郎から約束事をつくるのはほとんど守らないもんね」
「私もこうなるとは思ってたけど…あーあー。午後暇になってしまった」
「じゃあ、。僕と一緒にお茶しない?」
「いいの?私お菓子一つもないよ」
「大丈夫。三郎のかりんとうがある」
「雷蔵、たまに怖いよね。まあ、いいや。約束を破った罰だ。三郎の食べちゃおう」



雷蔵は三郎の机の上にあったかりんとうを広げた。は広げるや否や、すぐにかりんとうを一つとって 口の中に入れた。ぼりぼり、とかりんとうを噛む音が広がる。 一つ食べ終わって、また一つかりんとうをとろうとしたときに、雷蔵が頬を触った。 びっくりしたはつまんでいたかりんとうをぽろり、とその場に落としてしまう。 「な、なに」と少し動揺していると、雷蔵もハッと気が戻ったかのように慌てて手を離して顔を赤くした。



「ごめん。擦り傷できてるな、と思って。無意識に触ってしまった」
「気にしないで。ちょっとびっくりしただけ。そういえば擦り傷できてたんだっけ」
「昨日まではなかったよね?用具整理のときにうっかりしちゃったの?」
「それがねー聞いてよ!!」



昨日の出来事を話すと雷蔵は昨日の伊作のように苦笑した。 そして大変だったね、とまた頬を触ってきた。は先程とは違って驚かず、触られたままだった。 そしてさっき落としたかりんとうをとって口の中に入れる。



「残らないといいけど」
「だーいじょうぶだって。私白血球多いから。明日にもきっと綺麗さっぱりなくなってるよ」
「それはどうかな」



雷蔵は頬から手を離した。そしてかりんとうをようやく食べ始める。おいしいね、と言い合っていると 遠くからこちらへ向かってくる足音が聞こえた。この足音はきっと三郎だ。 しかもちょっと歩調がいつもより速い。怒っているのだろうか。 何かあったのかな、とがかりんとうをがりっと食べて考えていると襖が大きな音をたてて開いた。 そこにはひどく機嫌が悪い三郎がいた。


「ちょっと三郎。私との約束を破ってどこへ行っていた」
「お前な!それは私のセリフだ!!!」
「はあ!?」
「私は一時に外へ来いと言ったよな?」
「え?そうだっけ?部屋じゃなかったっけ?」
「約束覚えてろよ!」



三郎はゴツン、との頭をグーで殴った。三郎の容赦ないそれに、は頭を抑えてうずくまる。 「今本気だった!?」とは文句を言う。



「だいたい、いつも約束破ってるのは三郎のほう!」
「いつも、でもはないだろう!」
「この間だってさ…!」



と三郎は口喧嘩を始めた。雷蔵はそれをにこにこ笑いながらかりんとうを頬張った。 と三郎の口喧嘩は今に始まったことではない。日常なのだ。 だからまわりの者は放っておく。それにいつの間にか二人は仲直りをするから大丈夫なのだ。



「かりんとうだって勝手に…!」
「かりんとうが食べてって訴えてきたんだよ!」
「かりんとうがそんなこと言うはずないだろう!」
「机の上に堂々と置いておく三郎が悪い!」
「またそうやって人の所為に…!」
「でもかりんとうを食べようと誘ったのは僕だよ」 「えっ、雷蔵が?こいつをかばっているのではないのか?こんな奴なんてかばわなくてもいいんだぞ?」 「ちょっと何それ、失礼な」 「違うよ。でも三郎。そのかりんとうはと一緒に食べようと思っていたんでしょ」



雷蔵が言うと三郎はピタッと動きを止め、顔をほんのり赤くした。 そしてと向かい合っていたのだが、顔を逸らして胡坐をかいてその場に座った。 そんな三郎には「え?え?」とニヤニヤして三郎に詰め寄る。



「なに、私のために?三郎が?素直じゃないねえ」
「雷蔵!余計なことは言わないでくれ!」
「組み手したあとに食べようって思ってたんだよね」
「雷蔵おおお!」
「三郎可愛い奴め。そんなに私のことが大好きなのか〜」



が三郎の頬をつんつん、とすると三郎は「調子に乗るな」との頭をはたいた。 それから大人しくかりんとうを食べ始める。も三郎が何も言わなくなったのを つまらない、と思いそれ以上いじることはなく、かりんとうを食べ始めた。 最後の一つになったところで、は食べるのをやめ、仰向けになった。 いつもなら最後の一つになると「もーらい!」と必ずが取って食べるのだが今日は違うらしい。 少し遠慮しているのか、と三郎は思った。最後の一つに手に取り、三郎は仰向けになっている の口に押し込んだ。



「むむっ」 「お決まりだろ。最後の一つを食べるのは」
「勝手に食べたことを申し訳なく思って最後の一つは三郎にあげようと思っていたのに」
「いや、この際認めるが、もともとと一緒に食べようと思っていたやつだからいい」
「え、ありがとう」



最後の一つをおいしそうに食べるを見て三郎は満足する。 雷蔵はそれを見て微笑んでから本を読み始めた。 ごくん、とかりんとうを飲み込む音が聞こえてからは 横で同じように仰向けになった三郎に言った。



「優しい三郎くんに一つお礼をしてあげよう」
「何をしてくれるんだ?」
「私が特別に団子を奢ってあげる」
「それは嬉しいな。じゃあ、下町の新しくできた団子屋に連れて行ってくれ」
「えっ…そこ?高いじゃん。私の財布が空っぽになってしまう」
「冗談だ」



いつもの団子屋でいい、と三郎は言った。 最初から私はそこのつもりだったんだけど、とは口を尖らせて言う。



「…まだ時間あるよね。よし、今から行こう!考えていたら団子が食べたくなった」
「今からか?無茶言うな。かりんとうだって今食べたばっかりだぞ?」
「余裕、余裕!ほら、行こう!」
「いってらっしゃい」
「?何を言っているの、雷蔵。三人で行くんだよ!」
「僕もいいの?」
「当たり前!」
「太っ腹だな、
「まあね!次からは様とお呼び!」



夕食まであと三時間。三人は急いで団子屋へと出掛けていった。







かりんとう