「はーちやくーん」



襖をひっそり開けると奥にいた鉢屋くんがこちらを見る。 …ひどいな、なんだあのぶっきらぼうな顔は。



「久しぶりの再会なのにその顔はないでしょう、鉢屋くん」
先輩こそなんですか」



見てのとおり、私は忙しいんですよといわんばかりに筆をせっせと動かしている。 私は実習で三日間も学園を空けていた鉢屋くんが心配で心配で こうやってすぐ会いにきたというのに。可愛くないやつめ。



「…邪魔しにきたんですか」
「そんなつもりはない」
「じゃあこの部屋から出て行ってください」
「なによ、いいじゃない」
先輩ここどこかわかってます?」


どこって。鉢屋くんの部屋。 そう答えると彼は大きなため息をついた。ああ、そういうこと。 ここは鉢屋くんだけでなく、不破くんの部屋でもあったわね。 また再び彼は大きなため息をつく。



「ここは男子の長屋です。貴方は一応女なんですからのこのこやってこないでください」
「…ちょっと、昼間なのに何盛ってんのよ」
「盛ってないです!本当に、何なんですかアンタ!」



落ち着いて、冗談だから。けらけら笑っていると鉢屋くんに頭を軽くたたかれた。 そしてまた黙々と筆を動かす。いつもなら話にのってくれる鉢屋くんだが今日は違うらしい。 少し、イラついているようだ(実習で何かあったのか、) これはさっさと退散したほうがよろしいみたいだ。鉢屋がキレるとしばらく口きいてくれないし。

立ち上がって襖を開けようとしたときに、机の上にあったかんざしが目にとまる。 綺麗なかんざしだ。思わず手にとってまじまじと見つめる。 すると、それに気付いた鉢屋くんが「それもらってください」と言った。



「え?なんでー?」
「いらないからです」
「実習のときの女装に使ったわけ?だったらこれからも___」
「今回女装してませんし」
「…じゃあ、あれか。連れ出した女の子の忘れ物…」



鉢屋くんもやるねえ、と言うとガタン、と鉢屋くんが大きな音をたてて立ち上がる。 無表情でこちらへ近付いて目の前まで来た(やばい、無表情っていうのが一番怖い) もう、鉢屋くん冗談だってー、と言おうとしたら彼は私の手からかんざしを奪った。 それから私の巾着の結び目をほどいて下に落とす。



「え、ちょ鉢屋く」
「少し黙っててください」



私より背の高い鉢屋くんを見上げようとすると「動かないで」鋭くそう言われた。 ぐいっと彼が私の髪にかんざしをつけているのがわかる。



「実習のときに、先輩に似合うと思って買ってきたんです」



ほら、実習前に言ってたじゃないですか。「暇あったらお土産買ってきてよ」って。 鉢屋くんが頭の上から言う。ああ、そういえばそんなこと言ったっけ。冗談だったんだけどな。 しかしこういったお土産は初めてなので、素直に嬉しい。



「俺が先輩のところ行くんで、これから男の長屋にくるのはやめてください」



鉢屋くんがそう言うと私をぐいぐいと押して部屋から追い出した。 襖を閉めるときに「似合ってますよ、それ」と言ってからゆっくりと閉じた。

鉢屋くんめ、いつの間にあんなにかっこよくなってしまったんだか。 実習で何か変なことを得てしまったのだろうか。








赤いかんざし