中学の通学方法はおよそふたつに別れていた。徒歩、自転車、このふたつである。 どんなに遠くても、バス通学や電車通学は許されなかった。ひどい話である。 だからも、自転車で三十分かけて学校へ通っていた。 踏み切り前で停止していると、その目の前を通る電車の中は高校生でいっぱいだった。 それが羨ましく、はやく高校生になりたいと思っていた。 そしてようやく高校生になり、は電車通学となった。電車通学といえば、やはり出会いが あるのではないか、とかなりの数の少女漫画を読んでいるは少し期待をしていた。 しかし実際そんなことはあるはずもなく。もう電車通学を始めて一年が経った。



、もうすぐ定期切れるでしょう?切れたらちょっとバス通学にしてみない?」



夕食時にいきなり母がそう言ってきた。昨日、バス通学もいいよねぇ、と軽い気持ちで母に言ったからだろうか。 しかし今日、バス通学の友達に羨ましいと言ったところ、「バスはオススメしない」と言われたばかりだ。 本数も少ないし、時間はかかるし。バス通学の悪いところをたくさん聞かされた。 バス通学がいいなぁ、と思っていたが、これを聞き流石には嫌になったわけだが、それを知らない母は 「昨日言ってたじゃない。バス通学もいいよねって」と喋り始めた。



「家の前にバス停あるから電車より楽じゃない?もしかしたら、バス通学のほうが安いかもしれないし。試しにどう?」



しかしは首を横に振る。友達がオススメしない、って言ってたと伝えても母は聞いていない。 しばらく二人で言い合いをしていたのだが、さっきから黙って聞いていた父が 「、母さんの言うこと聞きなさい」と少し強めに言ってきたので、もう抵抗することもなく は渋々、わかったと返事をした。




***




「(さいあく)」



そして今日から初のバス通学である。停留所でしばらく待っていると、バスが向こうからやってきた。 しかしそのバスの中の人数を見てはげんなりと肩を落とした。 席は全部うまっているし、前から後ろまで人がびっしりだ。の乗る停留所が始発ではないし、 ちょうど通勤ラッシュの時間なので混んでいるのは当たり前である。もある程度は覚悟していた つもりなのだが、これほどまでとは予想外だった。しかしここであきらめると遅刻してしまうので、 「すみません、」とぺこぺこ頭を下げながらはその人ごみの中に突っ込んだ。 流されるままたどり着いたのは、同じ制服を着た男の子の手前だった。一人席に座って窓の外を見ている。 ちょっと同じ学校の子が目の前にいるのは気恥ずかしいと思っていると 上から「出発します」とアナウンスが流れ、バスがゆっくりと動き出した。 掴まるものがないので、は足に力を入れて重心を支えた。



「(綺麗な顔だなぁ)」



目の前にいる男の子は外を見ているので、こちらに気付いていないだろう。 思わずはまじまじと男の子の顔をみた。しかし、男の子からもがばっちり見えていた。 窓の反射のせいである。男の子はどうして自分を見てるのかと不思議に思ったのか、振り返ってを見た。 急に男の子が振り返って、目がばっちりと合い、はギョッとした。 そしてタイミング悪く、バスが大きく右に回り、それによって人に押され尚且つ驚いたせいもあって力が抜け しまっていたので重心を支えられなかったは倒れそうになった。 それでも倒れるわけにはいかないので、「うお、」と言いながらもダン、と一歩足を前に出して再び力を入れる。 変な体勢になってしまったものの、倒れるのは避けることができた。しかしなんとも恥ずかしい体勢である。 すぐに体勢を戻すが、下を向いたままで前を向くことができない。 目の前の男の子が一部始終を見ていたからだ。



「(さいあく。もう同じバスなんて乗れない。やっぱりバスむり!)」



心の中でさいあく、さいあく!と繰り返す。他校や、サラリーマンならまだしも、 同じ学校の子にこんな姿を見られるのは少し、いやかなり嫌だ。知らない顔だが、 学校が同じなので、校舎の中でいつか会うかもしれない。そのときに「あの倒れそうになった子だ」 なんて思われるのは御免である。 やっぱり電車通学だわ・・・、と思っているとまたバスが大きく曲がった。 今度は倒れそうになる程まではいかなかったが、少しバランスを崩したので立て直す。 そのときにまたばちり、と男の子と目が合った。しかし目が合った瞬間男の子は微笑んだ。



「ここどうぞ」



男の子はそう言って席を立ち、トントンと自分が座っていた席を指差した。 思いがけない行動には「えっ」と声を漏らして驚いてしまう。 倒れそうになったから、気を遣ったのだろうか。それなら申し訳ない。



「いえ!大丈夫です!」



は首を横に振って断った。 しかし男の子は困った顔で微笑んだ。



「俺の優しさ無駄にする気ですか?」



ほら、と言われる。 もうこんなことを言われれば断れる筈もないので、は顔を真っ赤にさせながらも、 「ありがとうございます」とおずおず席に座った。座ったのを見て男の子は満足そうににっこりと 笑って「いえ!」とがいた場所にたった。



「(なにこれ・・・!)」



まるで少女漫画のようだ。電車通学では一度もなかった。 というかこんな経験初めてである。彼の優しさと笑顔にすっかりやられてしまったは、 バス通学も悪くないな、と思った。





始発



名前も何も出てきてないからわからないけど、一応エレン夢。 もしかしたら続くかもしれない。続けたい。