いつものようにノックしてから部屋に入ると、そこには誰もいなかった。 いるはずのクザンさんがいない。というか、クザンさんだけじゃない。 何もかもない。荷物も、昨日持ってきた煎餅もまんじゅうも。 するとそこへ通りかかったナースが言う。「クザンさんなら今日の朝退院なされましたよ?」と。




「あんのエロオヤジ…!」




わたしは急いで海軍本部へ戻ることにした。






「ボルサリーノさん!」




海軍本部に着くなり、ボルサリーノさんがいたのでわたしは彼の名前を呼んだ。 すると彼は「ちゃんじゃないのォ。久しぶり。どうしたの?」と聞いてきた。 そんなことはどうでもいいんです。クザンさん知りませんか?と問うた。




「ああ、彼ならさっき赤犬のところに行ったね」
「ああ、もう!」
「まあまあ、落ち着きなよォ」
「ごめんなさい。今落ち着いてられません」
「おぉ、怖いねえ。あまり彼を怒ってやるなよ〜」
「わかってますよ!」




失礼します、と礼してからわたしはまた走り出す。 きっともう用は済ませて執務室にいるはずだ。いつもならノックして入るけど、わたしは構わず思いっきりドアを開けた。 するとやっぱりクザンさんがいた。 彼は落ち着いていて「ちゃんどうしたの」と聞いてくる。




「退院今日だなんて聞いてませんでした!」
「言ってないからな」
「わたし今日も病院行ったんですけど!」
「知ってるさ」
「ひどいですね」
「そら、悪かった」




はあ、とため息をついてわたしはドアを閉めて中に入った。 それからごめんなさい、ちょっと取り乱してしまいました、と冷静さを取り戻してわたしは クザンさんが座っている向かいに座った。 しばらく無言が続いたけど、それを破ったのは彼だった。




ちゃん、君上司の許可なしに辞表出すなんて大胆なことするね」
「…申し訳ありません」




ははっとクザンさんは笑う。 辞表を出しに行ったとき、赤犬さんから「お前さんもか」と言われ、どういうことだと聞いてみれば わたしが辞表を出していたことを話されたという。 確かにわたしは辞表を出した。それもクザンさんより前に。 クザンさんと赤犬さんの戦いが終わってクザンさんが病院に運ばれた次の日に。 どうしても許せなかったからだ。彼、赤犬を。 こんな自分の勝手な都合と思いでやめることは許されないことくらいわかってる。 けれどどうしてもこんなことをして正義と言いながら元帥という職につく赤犬さんが許せないのだ。 (嫌い、というわけでなはい。今までお世話にもなったし。けれど、やはり許せない)




「でも、クザンさんが完治するまでは、いさせてくださいってお願いしてました」
「完治したらどこへ行くつもりだった?俺の前から消えようとしていたのか?」
「…そうなっていたかもしれません」
ちゃん、いくら俺でも怒るよ」
「ごめんなさい。でも、心のどこかでは思ってたんです」




きっとクザンさんも辞表するんじゃないのかな、って。 最近、彼は絶対正義、という思想を持っていなかったし。 その彼とまったく反対である赤犬さんのことを非難しているのも知っている。 だから、その彼が元帥になることを一番嫌がっていたのは彼だし。 その彼の下で動くのは、いやだから、もしかしたらやめるんじゃないかって。 ほんの少しだけ、思ってた。だから昨日聞いたときも驚きはしたものの、 ああ、やっぱり、とか思ってしまったわけだし。




「俺のこと、わかってるね」
「わたし、誰よりも貴方のことわかってる自信あります」




にっこり笑ってみせると、彼はふっとようやく笑顔を見せてくれた。




「迷惑じゃなかったら、わたしはまだ貴方のそばにいたいと思っています」
「あらら、今から俺が言おうとしていたのに」
「それは残念。是非クザンさんの口から聞きたかったのに」




まったく、君といると調子狂うわ、と頭をかきながら彼は言った。




「俺についてきてほしいんだけど、どうだい、ちゃん」
「ええ、もちろん!どこまでもお供させていただきます!」




そう言うと、彼から珍しい言葉が出てきた。「ありがとう」と。







辞表を出した日