両手に紙袋を持っているから、ノックができなかった。 だから失礼しまーす、と言いながら足で部屋のドアを開けると目の前の光景に目を見開いた。 そこには自分の膝の上に、ボインボインの可愛らしいナースをのせているクザンさんの姿。 ナースは「す、すみません!」と顔を赤くしながらわたしの横を通り過ぎていった。 クザンさんは冷静でナースに「またね〜」と言って手を振っている。




「クザンさん。ほいほいナースに手出すのやめてください」
「なに?やきもち?」
「違います」
ちゃん昨日までの態度と違くない?」
「昨日はちょっと取り乱しました」




はは、とクザンさんは笑った。 わたしは紙袋から煎餅とまんじゅうを取り出した。 そしてこれ、ガープさんからですよ、と言いながらクザンさんに渡した。




「またあの人は。俺は結構洋菓子のほうが好きなんだけどね」
「今日買ってきましょうか?」
「いいよ。今度食べに行こう。もうすぐ退院らしいから」
「ためですよ。仕事たくさん残ってるんですから」
「仕事ねえ」




クザンさんはそのままガープさんからの煎餅をばりばりと食べ始めた。




ちゃん仕事は?」
「わたしは貴方の専属少佐ですよ?お忘れになったんです?」
「忘れるわけないでしょ。俺が君をそうさせたんだから」
「ガープさんに面倒みてやれって言われたんです」
「そなの?そりゃご苦労なこった」
「本当ですよ。でもガープさんに言われなくても、わたしはそうするつもりでしたけど」




どうしよう、と困っていたときに助けてくれたのはガープさんだった。 ガープさんが「クザンに面倒みてやれ」と言ってくれたから今ここにいることができているのだ。




「ほんとにあのじーさんは」




頭をかきながらクザンさんは苦笑い。 それから外の空気吸いたい、というので少し散歩をすることにした。 けれどそこで気付く。クザンさんは左足を失っているのだ。 「あし」と呟けば、クザンさんは「あし?ああ」と言いながら布団のなかから足を出した。 するとそこには凍りで作られた義足。「いい考えだろ?」と見せてくる。 ああ、そういう方法があったのか。能力者って本当に可能性たくさん。 たまに羨ましく思う。




「無理無理。おまえは海で泳ぐの好きなんだから」
「あ。そっか。能力者ってそこが難点ですよね」




クザンさんはほい、と簡単に地面に足をついて立った。 まだ目を覚まして二日しか経っていないし、火傷だってまだ治ってない。 大丈夫ですか?と声をかけると「言っただろ?ピンピンだって」とそう言いながら いつもどおりに歩いてみせた。 外へ出てみると、さっきまで曇りだったのにいまは雲ひとつない快晴。 ときどきナースの横を通るとクザンさんは遠慮なく手を振る。 わたしはそんな彼にため息をつくしかなかった。




「クザンさんは海好きですか?」
「なに急に」
「さっきの話の続きです」
「…嫌いではない。能力者になる前までは毎日海で泳いでいたからなー」
「へーえ。じゃあ、今泳げないのは寂しいですか?」
「寂しくないって言うのは嘘になるかもな」




なんかいまのクザンさんってまだ完全に身体が治ってないからか、 ちょっといつもふざけたクザンさんじゃないみたいで調子狂う。 彼の服の隙間からは包帯がまだぐるぐると巻かれているし、足だって義足だ。 クザンさんと赤犬さんが戦う、と聞いてからわたしはずっと反対していた。 どうして元帥になるために海軍同士が戦わなくちゃいけないんだ、と。 センゴクさんにもガープさんに言っても、もちろんクザンさんに言って誰も聞いてくれなかった。 そうして十日間わたしはずっとそわそわして、心配して。 やっと連絡がついたのは「赤犬が勝った」というだけで。慌ててクザンさんの執務室へ行っても 誰もいない。そうしたら、意識不明の重体。ふざけんな、と思った。

敵わない、とわかっていても赤犬さんに「どうして」と訴えたかった。 ここまでする必要があったのだろうか、と。 そのときは「正義がなんだ」と思った。これが正義を背負っている者のすることか、と。




ちゃん」
「はい?」
「今余計なこと考えてた?」
「いいえ?」




クザンさんは「考えてたよね」とわたしのおでこを軽くデコピンした。 いたい。なんですか、もう、とクザンさんを見上げると彼は真剣な顔で言った。




「俺、海軍やめるよ」




わたしはびっくりして声も出せなかった。 でも心のどこかで「やっぱり」とかも思った







空を見たら雲ひとつない快晴だった