![]() 「ー!」 「はい?」 金曜日。今日で一週間勤務は終わる。明日から二日間の休み。 パソコンに向かいながらこれだけはすませて帰ろう、と思っていたときに先輩が私を呼ぶ。 「今から社員で飲みに行くけど来るかー?」 「今日は遠慮しておきますー!」 「社長も部長も来るから奢りだぞー?」 「えっ、本当ですか?」 「あ、つられた。他の担当社員等も来るからいい男見つけるチャンスだぞ」 「えー、どうしよう。んー、でも今日は大人しく帰ります!」 「そうかそうかー!じゃあ、また今度なー!」 先輩はそう言って部屋を出て行った。 奢りで飲めるのなら、と思ったけれどまだまだ仕事が終わりそうにないし、やめておこう。 そのかわり、終わったら喫茶店に行く。雑渡さんに会えるかもしれないし。 そう思って私は早く仕事を終わらせようと必死に頑張った。 *** 「あれ?ちゃん?」 予定より早く仕事を終えることができて、のんびりとカフェラテを飲んでいると雑渡さんが現れた。 彼は不思議そうに私を見ている。どうしたんですか、って聞くといやあ…と言いながら 鞄を置いて私の横に座る。 「だいたい金曜って飲み会とかあるんじゃないの。行かなかったのかい?」 「今日誘われたけど断りました」 「もったいない。上司の奢りなのに」 「仕事終わってなかったし、それに私がここにいなかったら雑渡さんさびしいかなーと思って」 冗談です、っていうと彼は笑った。だいたい、雑渡さんも働いているわけだし 彼こそ飲み会に誘われたりしたのではないだろうか。そもそも雑渡さんくらいの年齢だと 結構上司くらいの地位なんじゃないのかな。ここ最近、喫茶店ばかりにいるから ちゃんとやっていけてるのかしら。やっぱり上司との関係って結構お付き合いが重要だったりするし。 「ひどいね、ちゃん。結構私信頼置かれてる上司だから」 「じゃあ今日は飲み会よかったんですか?」 「ちゃんがさびしいかなーと思って」 それさっき私が言いました!!っていうと雑渡さんはふふん、とそっぽを向いた。 「ちゃんってお酒弱い?」 「いや、弱くもないですけど…強いほう、なのかなあ。 成人式のときにジョッキ二杯も飲んだけど次の日平気でした」 「うわ、すごい強者だね」 「でもお酒強いのっていいことじゃないですか」 「うん。私のところの社員は強いのあんまりいなくてねえ。ちゃんを見習ってほしいよ、まったく」 「でもビールですよ?最近は日本酒とか挑戦してみたいんですけど…」 私はよくパブや居酒屋に一人で言って一人酒を楽しむ。ビールやカクテルは飲めるけど まだ日本酒に挑戦したことはない。いつか挑戦してみたい、とは思っているけれど なかなかできないでいる。それを話すと雑渡さんは「挑戦してみる?」と言ってきた。 「いろんな日本酒を置いてるいい店がある。今からどうかな?」 「いいんですか?」 「ちゃんと酒を飲んでみたいと思っていたところだ。こんなおじさんとは嫌かな?」 「そんなことないです。社員と行くよりもずっとこっちのほうがいいかも」 なんて言うと「こら」と雑渡さんは軽く私の頭をたたいた。 「社員付き合いはよくしておきなさい」なんて母親みたいに注意する雑渡さんを見て くすくす笑っていると私と自分の鞄を持って雑渡さんが立ち上がった。 慌てて私の鞄をもらおうとするけど「いいよ」ってそのままお勘定して喫茶店を出た。 普段はふざけたりするのに、こういうときは紳士で素敵でどきっとする。 「はい、乗って」 戸惑っている私の背中を押して私を雑渡さんの車に乗せる。 雑渡さんの車は黒で、いかにも高そうで。中はすごくいい匂いだった。 車を運転する雑渡さんは喫茶店で見る雰囲気とちょっと違う(やばい、どきどきしてきた) 「雑渡さんって本当にかっこいいですよね」 そう言うと彼は笑った。「そんなことないよ」って。ううん。そんなことあるんです。 それから他愛もない話をして二十分。雑渡さんが車を止めて「ここだよ」って窓をあける。 そこには喫茶店の雰囲気とまったく違う、和風で高そうな店だった。 ![]() |